驟雨の標

東大院卒ド畜生が綴る、困った人の長話(記述言語版)

dayworks: 2019/04/24-27:

普段私は恐ろしい程色んな事に悩み苦しむし、色んな事を心配するし、結果として色んな事を考え倒しています。しかし大半は忘却の彼方へ飛んで行ってしまって、記録するという事が殆どないのです。

大変勿体ないので、日記を書き始めました。
ブログみたいにテーマを決めるのでもなく、日常のあらゆること一切をのべつまくなしに箇条書きで書くだけ。そういう事をやってみると、存外頭の中に在る色々な事が言葉として湧き出してきて、書き始めて三日目ぐらいには累計2万文字ぐらいを突破しました。やはり自由な言葉というものは良いです。

これなら幾つかネット上に公開できそうなネタを集めてきて手直しすればブログにも載せられるなという事で、日記選集を週一ぐらいのペースで書いて行ったら、更新のクソ遅い当ブログでも私の考えている事をコンスタントに伝える(垂れ流す)事が出来るのではないかと思い、書き始めてみます。単に垂れ流しているだけなので他のブログ記事のように文体を整えたりしていません。


日付順に降順、一番上が最新(昨日)です。

 

「学校の時代」の終わり
(20190427)
・敷かれたレールの上を無思考に走ってるだけで良かった時代が終わって行き、学校でものを教わっているだけで良かった時代が終わって行く。「学校の時代」が終わって行く。この事に物凄く重要な意味があると私は考えている。
・やりたいこととやるべきことが一致しやすくなるし、一致してくれれば爆発的に意思を発揮して巨大な成果を出す者たちが現れる。「意思の時代」が徐々に始まって行く。
・何もかも全てが制度化され象られた世界の中では人々の意思や才能は輝かない。混沌として何もかもうまくいかないような時代であればこそ、本当に意思を持っている強い個が輝くのだと考えている。
・その意味では日本が崩壊してゆく事はチャンスなのだ。大樹が腐って崩壊してゆけば、空が開ける。苗木や小さな芽が育ってゆき、いつの日か次なる大樹が生まれるための最初のきっかけとなる人々の強い意思が暗闇の中に星々のように瞬くだろう。私はどうしてもそんな世界を視てからじゃないければ死ねないのだ。学校の時代はもうすぐ終わってくれる。それまで耐えて、次の世界をこの目に焼き付けるのだ。

 

星屑拾いの世代
(20190427)
・ある意味現在の二十代前半~後半ぐらいの世代は「星屑拾いの世代」であると考える。
・私たちはもう既に日本が崩壊し、滅びてゆくものであるとの認識を心のどこかで共有している。これを共有しているという事がある意味で私たちに残された最後の希望で、「近代の終わり」どころではなく「現代の次」を志向するきっかけを醸成しうるのではないかと考えている。
・日本という巨大な金字塔はぽっきりと折れて、粉々に崩壊して星屑のようになった破片があちらこちらに飛び散っている。従って私たちの未来は、当然のように暗い。「明るく健やかな未来」なんてもんは前世代の連中が勝手にぶち上げた幻想に過ぎない。
暗いが故に絶望する必要があるし、絶望できるからこそ暗さを認識できるのだと思う。そしてそうやって未来の暗さに絶望して、暗闇に覆われた世界を直視する事ができれば、落ちてきた星屑のようにきらきらと輝く「かつての日本の破片」が見えてくるはずだ。それが重要な事で、そこから新しい樹を生やして新しい文化を作る奴もいれば、外国の技術を再度導入して明治維新をやり直そうとするやつも出てくるだろう。
・私が最も憂慮するのは「私たちの未来は暗い」という厳然たる事実から目を逸らしすぎる人が非常に多いという事だ。確かにそんなもんを直視して生きるのは辛いが、では仕事に邁進すれば給料は上がるかと言うとブラック労働で使い潰されて死ぬだけだし、逆に引きこもって無限なる無気力ニートで過ごしていれば良いのかと言うと、親が死ねば自分も死ぬ。目を逸らす事は簡単ではあるけど、何とかして目を逸らさない道を模索すべきではないか…それはテクノロジーによってなのかビジネスによってなのか、それとも政治によってなのか文化によってなのかは分からないが、とにかく私たちは暗い未来に散らばっている星屑を拾って生きる世代なんだという事をちゃんと自覚した方が良いと思っている。暗闇を直視することでしか、光を見つける事はできない。

 

音色の聴こえと音楽・楽器
(20190427)
・楽器の音色は奏者のイメージだけで作り出すものではない。そこには厳然たる「技巧」の世界が広がっていて、どれだけイメージが豊かであっても技巧が伴わないのであれば楽器は思った通りの音を出してはくれない。
・未だに覚えている。ピアノ教室に行くからという理由で家にやってきた電子ピアノの音が、私にはどうしても好きになれなかった。ソリッドで硬くてマットカラーで塗りつぶしたみたいな色彩の音ばかりして、私が憧れていたような光が聴こえるような音色は一つも出せなかったのだ。必死にキータッチの方法を考えたけど、どうやっても私の望む音が鳴らなかった。
「音楽」というものが端的に言って私には全く分からなかった。自分が下手くそなピアノを鳴らし続ける以外には松田聖子が無限リピートされているだけの世界、クラシックとか聴く機会には恵まれなかったし、ポップスだってロクに面白いとは思えなかったから聴かなかった。
・それが「音楽」というものを明快に理解し始めたのはいつごろからだろうか。やっぱり切っ掛けはBoomBoomSatellitesの"Dive for You"だったような気がする。ブンブンから初めて私の音楽の世界は開いて行ったのだ。
・私は「音を聴きすぎる」。それは絶対音感を持っている事もそうだし、何よりも奏者によって楽曲の表情が幾らでも変わる事が手に取るようにわかってしまう。プロ奏者じゃなくとも、音大生が弾くのと高校生が弾くのとでは全く異なるし、才能がまだ伸びる途上にあるのか、それとも行き詰っているのか、それとも元から才能がないのか聴けば分かる。それだけ分かってしまうからこそ、自分のピアノにはこれっぼっちも才能が無いのが異様によく分かっていた。
・何というか逆に、だからこそ、奏者によって表情がコロコロ変わってしまうような演奏音楽ではなく、エレクトロニカみたいな電子音楽の方が「聴くもの」としては好きだ。演奏音楽は私を含め才能の無い奴が弾くと目も当てられないぐらい色が濁る。…逆に才能が発展途上みたいな奴が引くと曲想も音色も燃え上がるように荒削りで強いものが聴けるんだけど、そんな演奏を聴かせてくれる人は少ない。従って、安定的に「曲としての色彩」を楽しめるのは明らかに電子音楽である。
・世の中技巧が有る奴はごまんといる。けど、楽曲に表情が伴わないならば正直な所演奏家としての才能は無い。楽曲の表情を付けるって何だよ!って感じだけど、その人が経験してきた感情や感覚を、指先の僅かな感覚を通じて音に翻訳する能力の事を言う。つまり技巧がどうというより、手先指先の僅かな感覚がどれだけ鋭敏であるかで色々と表現力が変わってしまうってわけだ。
・その意味で電子音楽に使われている打ち込みピアノの音は「変わらない」ことが非常に良い。
・誰が打ち込んでもどんな楽譜でも色が変わらない。音が音としてそのまま出力されるのが非常に良い。キータッチ一つ、指先の感覚一つで音色が変わってしまうというのはちゃんとした奏者が表現として作るなら良いけど、それ以外だと中々聞き苦しい。その点で電子音楽ピアノはただのMIDI上のデータでしかないため、音色が変わる事はない。

 

この音とまれ!」とか青春とか
(20190427)
・「この音とまれ!」をずっと何だかんだ読んでしまっているのは、私がこういった「仲間と協力して苦しい局面を乗り越える」という事を全然やってないからなんだろうなと思う。クソみたいにクサい場面の連続なのに、それでも読んでしまう。
・実際考えてみると、私が「仲間と協力して苦しい局面を乗り切る」っていうのをマトモにやったのって学部時代だけだったなあ。そもそも私の事を理解してくれる人が少ないし、私がどんな能力を持っているのかを理解してくれる人となると恐ろしいぐらい数が少ない。だから私が合わせるしかないけど、私が合わせても向こうが全く合わせてくれないのでは協力関係なんてもんは成立しない。

 

苦痛と継続
(20190427)
・苦痛とは「熱いお湯にずっと浸かり続けているような感覚」を伴うもので、これを一瞬パッと頑張る事は割と誰にでもできる。しかし長期間に渡って続けるとなると、少なくとも強靭な精神力が必要になることは言うまでもないけど、その事を好きになっていないと難しい。
継続するとは苦しい事で、「今現在苦しいのは当たり前」なのだ。そこから更に明日も明後日も苦しいよ、という未来が最初っから見えているわけで、これを突破しようとするならば、息を吸って吐くようにできる事でなければ成立しない。新しい事を習慣づけようとするならばそんな風にはできないので、ある程度一定期間にわたって苦痛に耐えなくてはならない。ここが非常に難しい所である。

 

意識の「ズレ」
(20190426)
睡眠不足やストレスなどの条件が出てると、顕著に意識が「ズレ」るような感覚が発生してくる。
・仕事していても日常生活していてもこうして文章を書いていても、自分の頭の中で考えているビジョンが上手く行動に結びついてくれないため、物事の進行手順、装置の操作手順が全然わからなくなる。
・特に文章を書いているところだと、同じことを繰り返し何度も文章中に書き込んでしまうという繰り返し現象が発生してしまう。
・恐らく短期記憶というかワーキングメモリの量が睡眠不足で少なくなるのだと思う。
・とりあえずコーヒーを飲みまくってカフェインで強制的に脳の状態を拡張するしかないが、本来はもっとぐっすり長時間眠らなければならないのだろう。

 

高速修正力
(20190426)
・基本的にどうやっても睡眠不足で疲れ果ててりゃ何をしていても間違いが発生するのは当たり前すぎるぐらい当たり前の話。真に重要なのは多分、間違いに気付いた所で焦ったり慌てたりせずに高速修正する能力である。
・高速修正能力というのは実際何においても役に立つ…最初から完璧な事ができる人間などいないし、河童の川流れという言葉もある。間違いに素早く気付いて行動を変えてゆく事こそが素早い成長を実現する上で最も大切なのではないかと思う。

 

熱脆弱頭脳
(20190425)
・超高温の現場をバカみたいに走り回って仕事していると普通にもう途中から頭が加熱しすぎて判断力が著しく低下する。体感としては二時間水を飲まずクールダウンせず働き続けているともう判断力が無くなる。
判断力が無くなる上に耳も聞こえなくなる。熱くなると顕著に聴覚情報処理障害的な病状が出てくる。
・明らかにこの仕事向いてない。クソ暑い所で何時間も水も飲まずクールダウンタイムも挟まず走り回り続けて、それでもなお判断力や判断速度を維持できるような耐熱頭脳は私は持っていない。私の頭脳は熱に対して非常に脆弱である。

 

「ヤバい時ほど落ち着け」
(20190425)
箴言である。頭がゆだって焦り倒した後、帰り際に先輩より頂戴した言葉。
・実際何をやるにしても意識しておいていい言葉で、人生のあらゆる場面で損はない言葉だ。

 

エンターテインメントと投げ銭
(20190424)
・スタヌーのAPEX配信を見始めたが、最近また好調なようで非常にうれしい。
・スタヌーが楽しそうにAPEXやってるのを見ると確かに「この人を応援したい」という気持ちが湧いてくる。不貞腐れている時のスタヌーはあまり応援しようという気にならないけど、楽しそうなスタヌーは見ているこっちまで楽しくなってくる。
・なんと最終的にスタヌー、APEXの間だけで12万円相当も稼いだ。一人で三万円相当も投げ銭する人が四人も現れて、それに呼応してスタヌーの配信内容もどんどん面白くなって行く。金というコミュニケーションツールを用いてスタヌーと視聴者が相互に盛り上げ合う事で面白いものを作り出して行くって訳で、ここにおいてはお金の価値は純粋にコミュニケーション的な意味が非常に強い。
・大分夜更かししちゃったけど、その価値はあった。配信ビジネスというものの新しい可能性を見せてもらった。

 

呼吸法の訓練
(20190424)
鬼滅の刃に触発されてずっと「呼吸法」というものを試し続けている。
・基本は鬼滅の刃に出てくるとおり「大きく長く吸い、大きく長く吐く」になるんだけど、どうやらそれをやり過ぎると逆に頭がぼんやりする。酸素を摂取しすぎているのかもしれない。身体がアシドーシスしてるんじゃないのか。
・私にとっては呼吸は「酸素を取り込む」という事以外にも「頭蓋内から放熱する」という意味で非常に重要である。が、熱を大量放熱しようとすると息を吸い過ぎるためまたクラクラする。
・元々どうやら極端に貧血体質で、汗を凄い勢いでかくことから夏は血液の流動性も低い。という事は元々酸素運搬能力が非常に低いわけで、そこに大量の空気を一気に取り込もうとすればいきなり血液が酸素飽和して、血流内で局所的に酸素濃度がバカ高くなる部分が発生することになる。多分あまり体に良くない。
・恐らくダイビング時の呼吸法(レギュレータの限界ギリギリで少量ずつ分けて吸って、少量ずつ超ゆっくり吐く)という方法が一番良いんだけど、ダイビング時は放熱を殆ど考えなくていいからそういう方法が成立するのであって、通常時はそんな呼吸法はできない。

 

日記論
(20190424)
・久しぶりに日記を書き始める。
・日々物凄く色んな事を考えては物凄く色んな情報量をそのまま忘却の彼方へ投げ捨てているのが死ぬほど勿体ないと考え、もうちょっと真面目に日記を書こうと思う。そのためにEvernoteに日記のノートブックを作る作業。理想としては日常のちょっとした事から深く考えた事までなんでもとにかく「ある程度考えた事」についてはザクザク書き倒すようなものが良い。
・でも実際考えている事の量が多すぎて全てを記録することはできない。
・とりあえず何でも書いていい。生活記録というよりは「思考記録としての日記」を目指す。小説の事でも仕事の事でも恋愛の事でも悩みでも何でもかんでも、とにかく書き出して言語化することが自分のアウトプット能力を高める上でも有用だろう。
・思いつくときにはストリームとなって大量の思考が頭の中に溢れかえるので、それを全部言語化していくとやはり日記を書くだけで時間が足りなくなってしまう。・特に夕方、仕事に飽きてくる頃合いになると色んな物事が頭の中を大量に駆け巡る。・読み返しているとまた書きたくなるというクソみたいな習性があるので、日記を一旦書き始めると中々止まらない。

 

睡眠不足と脳ミソ
(20190424)
・昨晩はプロテインだけ飲んで夕食を食わずに眠ってしまったせいか、何か深夜ごろ突然目が覚めた覚えがある。そのお陰で今日は凄まじく眠い。流体力学の勉強を始めようとMendeleyの論文かKindleの教科書を開いて10分後には眠っている。
・何かどうも睡眠時間が短くなると、右脳か左脳かのどちらかに意識の働きが偏ってしまう。超集中して周りの状況に一切気を払えなくなる(左脳偏重)か、超拡散して集中力ゼロで色んな事を考えてアイディアばかり大量に出てくる(右脳偏重)かのどちらかになる。