驟雨の標

困った人の長話(記述言語版)/晴れて今や東大院卒三交替会社員の名をほしいままに/一週間一回更新(は今現在無理すぎて停止中)

私の見ていた世界

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すごいなこれは。ちょっと流石に自分で笑ってしまった。
就活でよくやったじゃないですか。「自分の人生を折れ線グラフで書き表してみてください」みたいな奴。アレを今やったらどういう感じになるんだろうと思ってやってみたら、中々エキセントリックなグラフになりました。

「お前はどういう人生を歩んできたらそんなキチガイじみた人間になるんだ」とか「お前の周囲だけ次元が歪んどる」とか言われますが、そんな事言われたって困惑してしまいます。そこで今回は何がどう捻じれて壊れていったらこんな人間になるのか、という、私の身の上話を少々。

 

少々図が小さくなってしまうけど、まあ重要な話ではないので。

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ということでどーん。
私の人生は大体にして最初から今に至るまでグチャグチャで、正直手が付けられない程に凸凹だらけの道を歩いてきた実感がありますが、いざ図に書き出してみると凄まじいですね。ここまでエクストリームだとは思っていませんでした。

私の人生はおよそ今に至るまで十の時期に分けられます。集計してみると
人生破滅してる時間は7年間
平穏な人生を過ごしている時間は5年間
人生が上手く行っている時間は5年間
出会ったヤバい人たちの人数は17人

となります。やっぱり破滅してるお時間の方が割合的には大きいわけですが、それにしてもこんなんなる?www本当に笑うしかないですね。
よく見てみると、凄まじい傑物たちに出会う事で私の人生は駆動されている事、そういう人達との出会いが無くなったとたんに色々苦しみ始めるというのも瞭然です。結局は他人から影響を受けてる面がマシマシなんだな…。

誰もそんな話は望んではいないような気がしますけども、私自身がやりたいので古い方から順に文章化して振り返っていきます。

 

1. 黎明の無意識
この時代に何をしていたのかの記憶は実はあまり残っていません。毎日ほぼ無意識というか、意識して何かに取り組むという事自体有りませんでした。
小学一年生にして私の人生史上最も強力な人物といきなり出会います。その後の人生を現在に至るまで影響を受け続ける事になる私の最大の親友、後に東大に進学し文系理系を問わず大半の学問に通じるとかいう「太陽の王」、そんな傑物というか、化物じみた大天才と出会ってしまったのだから最早手に負えません。ゲームを開始して最初のダンジョンでラスボスと出会ってしまったようなものです。彼を超える者には私は出会った事がありません。
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初手でいきなり羽川翼に出会いました。彼は男ですけども、リアルに「何でも知ってる人」でした。

さて、そんなラスボスを目の前にして私はただの小便垂れウンコ漏らし小僧です。私は学才が有るわけでもなければスポーツに長じているわけでもない、ちょっと絶対音感が有るだけのただの冴えないバカでした。だからこそ後に太陽のように輝く彼の才能には憧れたし、今現在に至ってもずっと彼に手を伸ばし続けてずっと手が届きません。

 

2. 戦いの始まり
小学五年生で私の人生はいきなり転落します。それもどん底まで落ちます。盛大に虐められるようになったのです。
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時は乱世、学級は崩壊して久しく、やる気のない担任の腑抜けた統治は形骸化を極め、手に手にナイフや鈍器を持ち歩く小学五年生たちは毎日流血の闘争に明け暮れていた…。
みたいな感じのオープニングで始まる小学五年生でした。脚色はほぼ無しに、これでリアルです。一つの教室に複数のガキ大将が立ち、群雄割拠が如く自分のグループを編成、一人一人がどこから持ってきたのかナイフや包丁や金属バットやトンカチを持ち歩いて、果てはペットボトルロケット炸薬を詰め込んで兵器化したり模造刀の刃を削って売り出そうとする武器商人みたいな奴まで現れました。本気で血で血を争う戦いが繰り広げられていました。
そんな所に突然放り込まれれば一体何が起きるかは火を見るより明白、ウンコ垂れクソ小僧でしかなかった私は複数のガキ大将たちから毎日代わる代わるサンドバッグにされ続けました。因みにその時上記の羽川君は別の平和なクラスでした。

そんな中で私は「ユダ」と出会いました。
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聖書の登場人物でも北斗の拳の方でもどちらでも良いんですけど、私にとってはあれは本当に「ユダ」でした。
彼はサンドバッグ化した私に手を差し伸べ、しばらくの間私の友人として振舞っていた果てに私を見事に裏切りました。藁にも縋る気持ちで彼との友人関係を心の支えにしていた私はこれによって酷い人間不信に陥りました。詳しくは書きたくないので書きませんけども、私は人間の醜さと精神の破滅というものを目の当たりにしてしまいました。地獄でした。

ただし彼にも彼なりのバックグラウンドがあり、悲惨すぎる過去があった上で私を裏切ったのだという事は後になって知りました。私が乏しい頭で人間に対して洞察を広げようとし始めたのは、ひとえに友達であった彼に裏切られたことが切っ掛けです。
私に対して害を為そうとする敵でさえも、何らかの意思と意識をもって私に害を為そうとするのです。それは一体どのような物語なのか?今に至るまで私の根源に関わる決定的な問いとなってあの時の絶望は生き続けています。

 

3. 平穏の庭
平和でした。曲がりなりにも「終わり良ければ全て良し」で小学校生活を締めくくる事ができたのは幸運だったと思います。よき友人たちに恵まれ、今でもまだ親交が続いているような長年の友達もこの時代に沢山できました。

 

4. 星空へ手を伸ばす
中学は私が今まで見た事も無いようなドン引き天才奇才たちの巣窟でした。今現在彼らは各々の分野で大活躍しているらしいので、まあ本当に才能のある人達だったんだなと思います。
学年一位: 太陽の王
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彼の知性は中学時代には凡そ完成されていました。大人顔負けの論理的思考力と何百冊もの本を読み漁って身に付けた異常な知識力でもって世界に手を伸ばさんとする彼でしたが、この時代にはリアル羽川翼が如く髪の毛が徐々に白くなってきていました。羽川翼でも羽川君でも、度を越した天才というものはやっぱり若くして白髪になるらしい。

学年二位: その笑顔に幸福あれ
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これもまたこれでどうしようもない天才でした。いつも忍野扇みたいにヘラヘラしていて、今思い返すと本当に忍野扇じみた知性を持っていた奴でした。羽川君ですら一度は彼女に敗北したことがあるという曰く付きの人物で、某一流国公立に進学したものの、今は地元に帰っていると聞きます。あの不気味極まりない微笑みをよく覚えています。一見何も考えてないように見えて、底の知れなさが凄い人でした。

学年三位: 炎の破壊王
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毎日燃え上がっているというか、火の玉が人の形をとって歩いているような人物でした。常に私の机まで来て私の筆箱の中身を粉々に破壊したかと思うと、翌日には破壊した分全てワンセットお釣りまで付けて弁償してくれるような、とにかく走って燃え上がっていないと生きていられないような凄まじい驀進者でした。その燃え上がる心のままに高みへと昇ってゆく彼ですが、未だに何の前触れもなくFacebookでメッセージが飛んできたりします。
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因みに煉獄さんと同じく「感情豊かに燃え上がる変人」タイプでした。私は未だに彼が大好きです。

学年四位: 権力の鬼
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彼は何が何でも権力が欲しかったと聞いていますが、あまり関わりのない人だったためどういう人物なのか分かりませんでした。

学年五位: 無限迷走するポンコツ
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私は学年五位でした。上述の煉獄さんに「!5位!」とデカデカ机に落書きされたこともあります(因みに彼はその時も不動の三位で、翌日消しゴム三つ費やして私の机をピカピカにしてくれました)。もっと遥か下の成績から必死に這い上がってやっと学年五位でした。何をどうやっても四位より上には行けなかった。

と、そんなわけで中学時代は天才奇才たちの巣窟でした。私も末席ながら彼らの仲間に入れてもらえて本当に嬉しかったし、毎日学校へ行くのが楽しくて仕方がなかったのです。
また中学時代は小学五年生の時とは違った独特の群雄割拠が再現されている時代でした。「弱きを助けよ:義風堂々派閥」「弱きを挫き搾取せよ:圧政上等派閥」「周りのもの全て破壊してやる:テロリスト派閥」などなど、学年に複数人いたガキ大将がそれぞれのイデオロギーを以て学年を統治しているという世にも稀な多極安定体制みたいな状態が築かれており、それだけで国際政治学みたいな微妙な人間関係のバランスで均衡が保たれている世界だったのです。こういった世界観もまた私が中学校を楽しめた要因の一つでした。

 

5. 甘えと孤独
この時代に始まった負の連鎖と未だに戦い続けている気がします。まかり間違って県下でも指折りの進学校に進学してしまった私は、そこで見事に全てに挫折しました。

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実際この時代、私は全ての物事から逃げていました。ハードな部活から逃げ、ハードな勉強から逃げ、人間関係から逃げ、趣味からも逃げ、毎日何をしているのか殆ど分かりませんでした。今思い返しても地獄やったなあ、と思います。何となく「このままじゃいけない」というのは分かっていたけど、どうやっても頑張る事ができませんでした。何もかもがなあなあになって崩れて行く人生の中で、私はひたすら毎日ゲームし続けていました。
そんな風に逃げ続ける人間です。私の事は誰も顧みてくれなかった。ただ部活の人々だけは「普段は逃げ続けているお前だが、何故か変な所でメチャメチャ頑張る」と、どこかで私を見放さないでいてくれたのでした。彼らには感謝してもしきれません。
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ここで鬼灯様と出会います。激烈に優秀でありながらどこか抜けた性格、内に秘める闘争心によって駆動され続ける知性機関のような人物。未だに付き合いがある天才の一人です。彼もまた羽川君の天才性に打ちのめされた人々の内の一人らしいですが、私のようなゴミクズの目線から見るとどちらも知性の最上位に立っているように見えます。

因みにこの時代鬼灯様や羽川君のクラスには某伝説的ハッカーや、入学式の翌日からラマヌジャンの数式について議論してるようなヤバい人々が集まっていました。
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この時代、私は人生が嫌になった時は図書館の受付カウンターに座っていましたが、毎日のように恐ろしい冊数の本を山盛り抱えてきて「これ全部読み終えたので返します!」と本の山を置き去りにし、2分後にまた山のような冊数の本を抱えてきて「これ全部借ります!」と大量の本を息を吸って吐くように交換して行ってしまう化物がいました(その本の山も翌日にはすべて読み切って返しに来ました。「1冊10分で読めますよ」とのこと)。
歯が立たない知性の怪物みたいなのが山ほど居すぎて、私は勝ち目のなさすぎる現実に背を向けて逃げ出しました。

 

6. 意味の目覚め
高校で勉強に挫折したけれど、よく分からないFラン大学に行くなんて事は私のちっぽけなプライドが許してくれませんでした。という事で浪人を始めました。両親には感謝してもしきれませんが、同時に実家のユルい空気からの脱却が必要である事は火を見るより明らかであったため、親の脛をかじり倒す事に内心罪悪感を覚えながらもここから家を出て一人暮らしを始める事にしました。
よりによって横浜で一人暮らしというのは新鮮な体験でした。敢えて飯を食わず空腹を経験してみたり、敢えて食いきれない程の飯を食って吐いてみたり、文房具をそろえてみたり、本を買い漁ったり、放浪してみたり、とりあえず「勉強と恋愛以外の事」は色々と一気に手を出しました。自分が見た事のない世界、自分がやった事のない物事に自分で手を触れて自分の意思で判断するという事がとにかく楽しかったのです。

そんな中でも私はスタンド使いを引き寄せてしまうようで、また変なものと出会いました。
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お前みたいなのめだかボックスに居たよな!と未だに思います。
私よりも遥かに論理と数学的センスに優れていながら何処かで完全にぶっ壊れているとしか思えない性格の人物でした。独特の哲学と意識を持ち、私がこれまで出会ったことのないタイプの人です。彼との会話は一部(仮面ライダーと特撮の話)を除いて物凄く盛り上がりました。お互いがどのような目線で人間を見ているのか、腹を割ったお互いの哲学的世界観まで踏み込んで話し合える相手というものにはここまで生きてきて初めて出会ったのでした。
まあ色々と問題もある人物だったけれど、彼と対話したことは割とちゃんと頭の中に未だに残り続けています。

そんなわけで私は初めて横浜で自分が何を考えて生きているのかを理解し、また同時に自分が理解しきれない奇妙奇怪な世界を歩く人の存在を知ったのでした。自分の中に在る意味、自分の外に在る意味、そういった意味たち一つ一つが雲の切れ間から光のように私に降り注いできた時の感覚を、未だに忘れられません。

 

7. 意識の庭
無事に某「留年率だけ異常に高い大学」に合格して以降は、四年間かけて「自分の意識が何を求めているのか」という事を探索するに時間を費やしていたような気がします。大好きな化学を勉強しながらその傍らで生化学の教科書を(当時既に東大二年生の)羽川君と読み合わせしてみたり、世界がどんなふうに動いているのかを観察する事ばかりにひたすら時間を費やしていました。

そんな中で私が一番心血を注いだのは実験とサークル活動であったように思います。
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サークルでの私の立ち位置は少々特殊でした。山本勘助と協力して徳川家康にお仕えするみたいな、優れた同輩と優れたリーダーに恵まれまくった結果我がサークルは某イベントで学内一位になるとかいう快挙を達成しました。
この山本勘助さんは物凄いきっちりした性格ながらイザという場面で機転を利かせて猛然動けるタイプの人物で、仕えていた徳川家康さんは常に彼の周囲に人だかりができていて指揮能力もリーダーとしての器の大きさも抜群とかいう天性のカリスマでした。殆どこの二人に持ち上げられるような形で「豚も煽てられれば木に登って空に飛び出す」という調子で、私もメチャメチャ頑張った覚えがあります。

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記憶が新しくて印象が強い人々のイメージは何故か大河ドラマから出てきますね。サークルで頑張った結果と言っちゃなんですけど、サークルの後輩たちの内三人、物好きの変人が未だに私の話を聞いてくれます。彼らは能力も実績も最早私の屍を踏み越えて遥かな世界に行ってしまったというのに、未だに私の話を聞いてくれるなんて本当に感謝しかないです。

 

8. 天才たちの虚空
そんなわけで私は何となく東大大学院に進学してしまい、そこでまたド派手にズッコケるわけですが、それでも一年目は並み居る東大の天才たちを追い越して研究で一歩先に進んでいたと言います(そんなのウソだろとは自分でも思います)。
まあ実際の所朝から晩まで研究室に詰めて必死必死で何かをやっていた覚えはありますが、はっきり言って他の東大生と肩を並べるので精一杯といった所だったと思います。無我夢中すぎてこの時代の記憶も実はあまり残っていません。

 

9. 世界の終わり
「無理をしすぎる」というか、
「頑張ってる自分が大好き過ぎて、頑張りすぎて爆死する」
というしょーもない弱点を羽川君から指摘されたのはごく最近の事ですが、この時全く同じ事が発生しました。メチャメチャ頑張っていたつもりだったものが、突然下痢と腹痛が止まらなくなってしまい研究室に通う事すら一時期は不可能なぐらいにダウンしました。タイミングが悪すぎる事に1月からダウンしてしまい、他の東大生が内定を獲得する5月ごろにやっと体調が回復するという絶望的事態に陥りました。
研究も就活も進捗ゼロという自殺待ったなしの事態に陥った私でしたが、どうにか地方の中小企業に内定を獲得し、修士一年の時に爆進みしていた(と周りの人は言うけど自信はない)研究に追加データを幾つか足していく形で修士論文を書き上げました。そして私は無理をしすぎて身体が爆死してしまうというメチャメチャやらかした形で研究室スタッフの皆さまやその他いろいろな人々に迷惑という迷惑の数々をまき散らし卒業したのでした。博士課程の先輩は「修士として十分な程度にはできてた」と言ってくれましたが、私自身ではゴミクズデータをゴミクズ修論にまとめて盛大に東大の顔に泥を塗って卒業してしまったという意識があります。

 

10. 絶望の果てへ
そしてそれ以降は長らく闘争の地獄です。「文系はしっかり仕事させるけど、理系はぶち殺す」というご立派な方針のもと、大学院卒は全員三交替勤務に叩き込まれ苦しみ続け、工場の皆様方からは「東大生がどうしてこんな所に来とるん?」とまで言われ(頼むからそういう事を言わないでください)、今現在は三交替勤務が終了したけど今度は次の配属先でお年を召したご老人に嫌われてしまい、毎日高卒のご老人にシバかれ続ける日々を送っています。
振り返ってみれば東大で同じ研究室の隣の席に座っていた人々は名だたる世界的大企業で研究者として活躍する日々を送っているわけですね。凄いでしょ、私にはもう絶望しか無いですよ。
私が何を考えて日々を生きているかと言われれば、絶望だけです。「今日は何回ご老人に怒られるのかな」とか考えながら必死で毎日働いていますが、超薄給重労働の肉体労働ばかりで知識が必要とされる場面は殆ど無いです。自殺したいなーとすら思いますけど、こんなバカ共に潰されて自殺するのではあまりにも面白くないとも思います。

 

この絶望の果てに何があるのか、或いは別の道があるのか。
私は静かに、泥のような絶望の中に腰まで漬かりながら、
もう一度暗い空を見つめています。