驟雨の標

困った人の長話(記述言語版)/晴れて今や東大院卒三交替会社員の名をほしいままに/一週間一回更新(は今現在無理すぎて停止中)

言語速度の果て:第一篇: 言葉と画像の認知

f:id:weaverbird:20180603134652p:plain最早言うまでもない事ですが、私の後輩は私よりも優秀です。学部時代、大学院時代の後輩たちは私のような愚者の偶像を軽々蹴とばし、自分自身の哲学や信念に沿って何かを成し遂げようとする行動力と意思力を持った人たちばかり。

そんな人々を後輩にする事ができたのは僥倖以外の何物でもない訳ですが、ある日彼らの中でも一番優秀な人物がふと言った事が未だに頭の中で響き続けています。

「脳内で思い浮かべた事を即座に言語化できるシステムがあればいいのに」
この言葉は私的には「概念」と「言語」の決定的な違いについて考える言葉であると思っています。概念を言語に翻訳するためには独特の翻訳センスが必要で、それが即ち言語力ないしは言語的思考能力と呼ばれる能力ではないかと考えています。

そういう事をトイレに座りながら考えていました。
「ものごとを言語化する」というのは誰しもが当たり前にやってる事ですが、実は結構困難で難しい事だと私自身は考えています。その例を示していく事で言語化する事の難しさを考えてみたいと思います。

 

以下には「ものごとを言語化する」という事の困難さを分かりやすくするため、幾つかの例を挙げたいと思います。

 

画像と言葉f:id:weaverbird:20180603123251p:plainさて難易度レベル1、私の好きなアニメからスタートです。この画像を言語化するならどう言語化しますか?
こんな簡単な問題ですら既に人によって大幅に回答に差が出る事は想像に難くありません。

「金髪の綺麗な女の人が雑誌を読んでいる」

とだけ言う事もできますが、例えば、

「金髪に軽くロールのかかった髪型、白い肌の美しい女性がコンビニで手に取っていた雑誌から顔を上げ、こちらをキツい目付きで見つめている」

と詳しく語る事もできます。
これはある意味では、状況に対してどのような認識を持つか、どれだけ深く観察するかという所から言語化できる情報量に差異が発生するためであると考えます。ある人は「とりあえずきれいな女の人」で終わる一方で、別のある人は「女の人は何をしているのか、どこにいるのか、どういう状況なのか」までを考えようとする。
更に一歩進めて、この女性が置かれた状況や場面の状況までを考えようとする事も人間には割と簡単にできる事です。例えば、

「この女の人はドSで、他人を睨みつけてビビらせる事に快感を覚えるのではないか」

とか、そういった如何わしい妄想ですら一つの推測として成立させる事ができます。ある意味ではこれが人間の持つ「意味付け」という能力であると考えられます。
こうして言語化するという事は、「意味付けする」という事と密接に結びついていると言えます。どこまでが言語化の領域で、どこからが意味付けの領域なのかを区別するためには、その内容が客観的事実に即しているかどうかを考える事で判定できますが、一方でその客観的とされる事実ですら人によって見方捉え方が異なってしまう場合があるため、言語化と意味付けを厳密に万人共通の境界線で区別する事は不可能です。

もっと難しくして行きましょう。
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某今見てるアニメの原作小説の表紙です。これを言語化しようとしたらどうしますか?

パッと見で混乱に陥る人がかなりの数いるのではないかと思います。私自身としてもこれを言語化しようとするならば、小説を読んでなければかなり難しいと思います。

「白い?/女の子?/アンドロイド?/ロボット?/サイボーグ?/人間?/微笑んでいる?/無表情?/腕を伸ばそうとしている?/腕を曲げている?/後ろを向いている?/…」

と、概念が概念それだけで溢れ出してしまい、中々どうしても正確に言語化できません。
すると言語化の段階で行き詰るので、この画像に意味を見出す事はメチャメチャ難しくなります。「なぜ白いのか」「なぜ女の子なのか」「なぜ(アンドロイド・ロボット・サイボーグ・人間)なのか」「なぜ(微笑んでいる・無表情)なのか」「なぜ(腕を伸ばそうと・腕を曲げようと)しているのか」「なぜ後ろを向いているのか」と言った、一つ一つの意味付けのための問いに対して全く答えが出せず、どうしても答えを出そうとすれば複数の問いかけに同時に複数の回答を矛盾なくこじつけるしかないためです(それが自然にできる人は物語作家に向いています)。
だからこの画像はこの画像単体の予備情報無しでは美的感覚による「美しさ」の理解だけが可能であり、意味としての理解は大多数の人には無理です。

とまあ、こんな風に考えてみれば、人があるものごとに正確な意味付けを行うためには、言語化が成立しなければ事実上かなり難しいという事が分かります。

f:id:weaverbird:20180603132127p:plainはい、まずはこんな風に、美しい女性だろうと美しいhIEだろうと意味付けを行うためには言語化ができないと無理やな、という事が何となく分かりました。

しかしここで例に挙げたのはアニメであるとか小説であるとかいったようなイラストです。そういうものにとんと縁がないというか忌み嫌っている人もいるので、そういう人向けにもう一セット、今度は三次元の画像を例示しましょう。
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はい可愛い。可愛いは正義(迫真)、可愛いは正義(熱狂)、可愛いは正義(狂乱)。
私はガッキーが大好きなのでガッキーの画像を拾ってきました。こんな哲学の記事なんてどーでもよくなる程度にはガッキーの画像に見惚れていました。
もう大体この時点で終わってるような気もしますが、この画像を言語化するとしたらどうしますか?

「ショートカットの髪型、肩が露わになるセクシーな黒い服に身を包んだ新垣結衣が、口元に手を当て斜め上の方向を見ている」

という所までは誰でも言語化できると思います。では例えば、今仮に「新垣結衣」という女優の事を知らない人がこれを言語化するとしたら、どう言語化するでしょうか。

「ショートカットの目鼻立ちのクッキリと整った女性が黒い服に身を包み斜め上を見ている」

という所までは新垣結衣の事を知らなかったとしても言語化できます。言語化できるという事は例え新垣結衣の事を知らなかったとしても何らかの形でこの画像に意味付けする事はできます。

ではこれまた難易度を上げましょう。
ãã³ã¹ã㬠ãéè²å¤çãã®ç»åæ¤ç´¢çµæおいふざけんなよ!せっかくガッキー可愛かったのに、その次がこれはねぇだろ!
という怨嗟の声が聞こえて来そうです。実際に私はこの記事を書いている画面の前で溜め息をついた。
はい…。どうやってこの画像を言語化しますか?少なくともガッキーの可愛い画像よりは遥かに言語化が困難であると思います。

「宇宙人?/コスプレ?/誰?/…」

ぐらいで勘弁してください。私はガッキーの画像を見ていたい。
これは某テレビ番組にコスプレ大好きなタレントである岡本夏生が出演した時の映像ですが、そもそも何でコスプレしてるのかは正直知りません。大好きなコスプレをする事に意味はないのかも知れませんが、やはりこうなってしまうと事実上この画像に何らかの意味付けをするのはわりと難しくなってしまうと思います。

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はい、とすると二次元だけではなくて三次元の写真を用いてもやはり、言語化できないものは意味付けが成立しないし、何が何だか分からなくなってシュールになってしまう感がある事は理解してもらえるのではないかと思います。

最も一般的で分かりやすい「画像」ですらこんな風に、言語化できないものを意味付けして理解する事は割とかなり難しいという事が分かると思います。まず分かりやすい例としての画像を引き合いに出しましたが、ある意味では人は言語的説明によってのみ何か物事を理解しているのではないか?と考えられると思います。

 

※※※
次回以降更に難解な例を引き合いに出して同じ事を解説して行こうと思います。割とガチで認知とか哲学の話、それを自分なりに自分の言葉で語ってみるという試みですが、上手く行っているのかどうかは分かりません。途中で書けなくなったらそこで一旦停止する事になると思います。言語化する事は困難な事です。考えながら書いているような部分もかなり大きいので、生暖かい目で見守ってくれればと思います。