驟雨の標

困った人の長話(記述言語版)

近況報告:路傍の熾火

どうにも結局私の人生はどうやっても普通の顛末には転がってくれないようで、またもやまるでおかしな方向へ転がりました。
結論から言うと、病気で二ヶ月近く研究室をお休みし死にかけて、博士課程への進学を断念し就活を始めるなどいろいろと人生の軌道修正を余儀なくされました。病気については後に別の記事に投稿するのでここで細かく語ることはしませんが、とりあえず酷い目にあったとだけ言っておきます。今回はそれよりも、その結果として人生をどのように軌道修正する展開になったかについてです。
 

 

 
エンジニアリングとサイエンス
もともとは私はサイエンスを志して研究活動に従事してきました。仮説を立て、実験し、データを分析して、その結果として仮説が正しければよし次の仮説を立て、仮説とは全く違う結果になったら仮説の間違いを考え別の仮説を立てる。このサイクルの中で考える能力が一つ一つ磨かれ、サイエンティストとしての能力が鍛えられていけばいいんじゃないかと漠然とそう考えていました。
が、はっきり言って向いていないという自覚を得るに至りました。
 
大学の研究室で実験され、作られるものは十年や二十年といったスパンでは実用化までたどり着きません。それこそ五十年六十年後にやっと実用化するかどうかという、文字通り最先端を取り扱っているのが大学の理系における研究室です。もちろん大学のランクやら研究室の研究能力やらによって色々違ってきますが、どこの大学のどの研究室でも多かれ少なかれ先端科学に触れているし、それを糸口にして広げるような方向性に研究が進行していきます。
さて、そういった業界に自分が身を置いて生きていけるかと考えました。本気で考えた結果吐血してしまいそれ以来研究室を長期にわたってお休みするというクソ展開にいたったわけです、まあ自分のちっぽけな脳ミソで考え尽せる所までは考えたでしょう。そうして考えた結果、「私には向かん」という結論に至りました。
これには勿論色々な理由がありますが、最も大きい部分では私の理系学生としての原体験である学部三年生時代の経験と現在置かれている状況の著しい矛盾があります。学部三年生当時私は某化学実験サークルに所属し、その中でサークル内の実験を任される立場にありました。自分が苦労して実験した内容がサークルのためになり、ひいては実験イベントなどで実験を披露して体験していただいて、小さい子供たちや化学に興味のなかった人たちの顔がパッと明るく輝いて、喜んでいただける、そういった所に実験する事の意味を見出していたし、それがモチベーションになっていました。そこから来て、お客様に喜んでいただけて、人々の生活をよりマシにするようなプロダクトを開発するエンジニアという職業に憧れて、その為に己の能力を研鑽したかったという事があります。
さて大学において研究活動しようと考えたとき、そこでやっていることは果たして本当に人々の生活に寄与して、皆を幸せにできることでしょうか。結論から言うとそうではない、と私は考えるに至りました。大学でやっている研究は確かに六十年後七十年後には実用化されるかもしれませんが、その過程には多くの問題があって、一つ一つの分岐点でブレイクスルーとなりうる良いアイディアがなければ実用化まで漕ぎ着ける事なく滅びます。もし天才的な研究者や画期的なアイデテイアがあって実用化まで漕ぎ着けたとしても、それを一般市民の生活に寄与するまで普及させるためにはコストダウン量産化という新しい難題が待ち構えています。つまりその殆どが人々の手に渡る前に滅びます。じゃあ何のためにそんな事してんねん、と言われれば、それは取りも直さず自然科学の解明していないこの世界の不思議や未知を明らかにするためにやっています。そういう知識や知見が集積されることで初めて自然科学が科学技術/テクノロジーへと昇華されていくのであり、大学の存在意義はそういう点にあります。
 
じゃあ結局のところお前はどうしたいのよ?という所に立ち戻ります。博士課程に進学して大学での研究活動を続けるということは、目の前のお客様を喜ばせる事ではなく、六十年七十年後の未来に存在する誰かの生活をマシにするために研究活動を続けるという事です。
そういう事がお前にできんのか?と自問自答してみると、ちょっと無理じゃねえかなあ」という返答が心の中にある事に気が付きました。
私はサイエンティストとしてハイエンドな未来を追及する事よりも、エンジニアとしてローエンドで数年後の誰かの生活をちょっぴり豊かにできるような、そんな仕事がしたいと考えています。
そうなると後はそんなに難しいことでもありません。博士課程への進学を断念して就活を始めて、製品を購入していただくお客様をちょっぴり笑顔にできるような、地味で泥臭いけど重要な仕事ができる場所を探すだけです。
 
お前は科学者になれ、と期待して頂いた方には期待を裏切るような結果をもたらす事になります。その点についてはちゃんと謝らないといけないと思いますが、私は元から論文発表して戦う科学者よりも、何かプロダクトを作って勝負するエンジニアの方に憧れがあります。この決断に自分の逃げが入っていないと断言する事はできないし、正直疲れ果ててしまったから就職しようという側面が無いとは言えません。しかしながら、エンジニアとしてモノづくりに関する様々な作業に関わって生きていきたいのならば無理して博士に突き進むよりも修士で就職するほうがキャリアパスとして正しいことも真実です(※)。そういう意味で吐血するまで考えて出した結論ならば多分、正しいかどうかというよりも、間違っていようがどうであろうがこれが自分の歩むべき道であると考えるべきでしょう。
インスタントでチープかもしれませんが、また一つここで私は挫折を人生に積み重ねる事となりました。大切なのはこの挫折を熾火のように心の中に燃やし続けて、残りの一年間を未熟な路傍の見習いクソ野郎として全うしてから社会に出る事だと今の私は考えています。
(※あくまで化学・生命系における現在の話です。ほかの分野でのキャリアパスがどうなのかは知りませんし、将来的に状況が全く変化してしまう可能性もあります)
 
 
You get to burning
ここから先は割とどうでもいい話。悩んで死にかけて吐血している間、熱が酷くて寝込む以外何もできないような時期もありましたが、比較的体調がよかった時期には色んな事をしてヒマを持て余していました。その過程で現在の私の精神状態に大きく影響を与えたものをここに書き記しておきます。
EVE Onlineをプレイし始めた
この世界には廃人量産ゲーと呼ばれるようなゲームが色々あります。その中でもEVE Onlineは屈指の廃人の巣窟の一つで、用法用量を間違って酷い事態に陥った人が欧米にはごろごろしているようなゲームです。

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ここでは簡単に述べるにとどめておきます(書きたい事は色々あるのでそのうちゲーム用ブログでも開設します)。一言で言えば「宇宙船に乗って広い銀河で経済学を英語で勉強するゲーム」です。自分の宇宙船で銀河を駆け抜けて云々を謳っているゲームはこの世にごまんとありますが、「駆け抜けてなにすんの?」という問いかけにまともに答えているゲームは少なかったりします。このゲームでは実在の世界経済さながらの高度に複雑で巨大な自由経済システムが実装されており、プレイヤーはその中で一夜にして富を得る者もあれば一夜にして全財産を溶かし尽す者もいます。アイスランドに運営会社が存在するというガチガチの洋ゲーであるため、英語ができなきゃ広い宇宙で孤独死して死ぬだけの困難なゲームです。
この世には幾つか基軸となる要素として、例えばコミュニケーション能力であるとか実務能力であるとかある一定のシステムを管理する能力などがありますが、それがそのまま適用されるという実社会の縮図のような世界観で、ゲームしながら不慣れな英語を勉強できるということで始めました。

記事執筆時点ですべてではありませんが「機動戦艦ナデシコ」を見ました。「新世紀エヴァンゲリオン」などと近しい時期でありながらその作風は全く異なっており、殆ど全編がSFラブコメディの様相を呈しています。

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流石に古い作品だけあってキャラクターデザイン的な古さは否定できませんが、メカデザインは現代でも全く通用するようなクールでカッコいいデザインのものが多く、そのストーリー構成から言っても今見ても斬新さを感じさせる作品です。
なんでそんなもん見てるんや、という話ですが、単純に言えば次の何点かに集約されます。

  • 困難な条件でもめげない
    「大丈夫、何とかなるさ」という楽観的な精神性に基づいて物語が進んでいくけど、よく見ると「人事尽して天命を待つ」という言葉を地で実行するぐらい登場人物たちはよく働いています。やれる事全部やりつくして、後は結果を楽観的に待てるそのメンタリティが非常に素敵なのです。
  • 「正義」が殆ど存在しない
    おおよそどのアニメでも似たような話ですが、主人公が正義だと思って信じていたものがあるタイミングで寧ろ悪であった事が明らかになるなんて筋書きはよくよく見るもので、その中で主人公は成長していくものですが、本作においては正義らしい正義なんてものは主人公が「仲間を守る」と言ってるぐらいのもので、それ以外に明らかな正義は存在しません。各勢力が自身の正義を振りかざして、そのために戦争が起きるという状況の中で登場人物たちナデシコクルーは複数の陣営を行ったり来たりします。この世界には正義なんてものはないし、だからこそ自分の信じる所で仲間と共に戦うしかない、という厳然たる現実を理解した上で、それでも尚迷って変節する事もあれば道を違えることもあるわけです。
  • 「答え」を探し続ける
    作中で主人公は何度も戦うことの意味を自問自答し続けます。それはひいてはこの難儀すぎる現代社会において生きて戦っている人たちがどうして戦い続けなければならないのかを問う事に等しく、仲間を守るため、家族を守るため、それから自分の幸せのためなどなど、その人がその人なりの答えを出して進んでいかなければならない事です。主人公を含む多くのナデシコクルーたちが何度も道に迷い苦しみ、それでもなおめげずに楽観的に(鬱っぽくならずに)進んでいく過程がとても好きです。私はこういう事を考え始めるとスーパー鬱になるので、楽観的に突き進んでいける人はうらやましいし、素敵です。
  • 音楽が非常に良い

    www.youtube.com

    「You get to burning」というオープニング曲を初めとして、音楽が昨今のアニメとは比べ物にならないレベルで完成されています。この「You get to burning」についてはもう今年一年間の応援ソングとなるぐらい好きな曲で、幼稚園児ぐらいのころに初めてテレビでこの曲を聴いてからずーっと20年以上頭の中で流れ続けている曲です。
病人が何をしているんだというお叱りは各方面から受けそうですが、ずっと寝込みながら今日も実験できへん…とか言って悪夢にうなされるだけの日々を続けても病状は悪化するばかりでした。気分転換しないとリアルに縄を買ってきて首吊りの練習でもし始める勢いだったため、いろいろしました。その中で考え直したことは非常に多いし、ガラリと考え方が真っ向から変わってしまった事も少なからず存在します。そういう意味では、まあ考える機会としては良い機会だったでしょう。ここからは就活&修論という猛烈な嵐の中で次なる戦いを演じる事となります。
You get to burning 君らしく男らしく 向かってよ~♪