驟雨の標

困った人の長話(記述言語版)/晴れて今や東大院卒三交替会社員の名をほしいままに

意識は低く広く、流れるように:最終夜

私が何を考えて物事を見ているのかについて。2018年版の最後の短文です。

 

私は最初から最後まで意識高い系が嫌いですが、と言いつつも色々な人から「いや、お前の意識は死ぬほど高い」とよく言われます。自分が嫌いな物に自分がなっているというのは実際物凄く不愉快な事です。
実際私は転落人生の果てに何を見出したのかという事を最終的な「想いとして短く書き綴っておくべきであろうと考えました。本当に意識が高い人と私の考え方にはどういう共通点があり、どういう違いがあるのでしょうか?

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意識は低く広く、流れるように:第三夜

私が何を考えて物事を見ているのかについて。2018年版続きです。

色んな事に同時並列で取り組んでいると「中途半端」になるのは実際問題として事実です。ですが、中途半端であることは実は何か一つの分野の事しか知らない事よりも遥かに強い事であると私は信じています。

今回はそんな「中途半端に生きること」の真髄についてです。

※もういい加減にしてくれ私の人生っていう感じで、ストレス性の逆流性食道炎の酷い奴という診断を下されました。ブラック労働環境に投げ込まれて身体も病むとはこれ如何に。このままでは文章を書くどころか生きる事すらままならないので、少し前に「頑張ってブログ投稿します!」とか抜かしておいてアレなんですけど、ブログ投稿もやっぱり無理のない範囲になると思います。

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意識は低く広く、流れるように:第二夜

私が何を考えて物事を見ているのかについて。2018年版続きです。

色々な物に興味を持ち続けるというのは、簡単なことにみえてとても難しい事です。それはこの日本社会においては「一つの物に取り組む」という事が社会的に推奨され、「複数の物事にたくさん取り組んでみる」という事は「中途半端」とされるからです。
しかしそれができなければ、その人の視野は際限なく狭まって行って、やがては潰しが効かなくなって世界の変化に対応できなくなってゆく事は前夜に述べました。

ここではそんな「視野を広げることの大切さ」を述べたいと思います。

※文章は全部最後まで出来上がってるので、後はイラストや図を追加するだけで投稿できるんですけど、ちょっと今週はまたパワハラ環境でシバかれすぎて急性ストレス障害みたいな症状をずっと発症していたので全面的に遅れました。パワハラブラック大地獄。

 

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意識は低く広く、流れるように:第一夜

私が何を考えて物事を見ているのかについて。2018年版です。

…よく「どうしてそんな風に考える」と色んな人に言われます。ある人は驚きと称賛の入り交じった目でそう言いますが、別のある人は侮蔑の目を向けてそう言います。まあ当然っちゃ当然なんですが、私の考え方は普通の人から見ると明らかに異常者のそれに見えるようで、ここは一つまた私の基本思想からちゃんと説明したほうが良いんじゃないかと思います。

定期的に私の基本思想的な記事は書いてるんですが、書いてから数年も経つとまた別の思想に大化けするので、今回はまた2018年版として書いておこうと思います。
書いていたら猛然長くなったので複数パートに分割します。かなり色々なことを考えて書いていますが、その一方で一見矛盾する内容をかなり多く含んでいるので、分かりにくくなってしまった部分も多いです。

第一には「意識を低く持つことの大切さ」です。

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雑感: 古典主義者のブログ

はい、10月ですね。神無月ですよ。神様も出雲旅行に出かけちゃっていなくなる時期です。

やっと冬になってきて思考がある程度マトモになってきたので、当ブログの運営方針の再確認と、そこから思う事です。
少し前にモンゴルに旅行しに行ったのですが、それ以来文章を書く分量が爆裂に増加しています。三交替労働して頭がアホになっていた時代からやっと脱却した事と、海外旅行して見知らぬ世界を歩き回ったという事があって、考える事が一気に急増したわけです。その結果文章としてアウトプットする分量も実は急増しています。だからそろそろバルブを開いて、ブログに流す分量を増量しようと思っています。
その他、アウトプットするという事に関する方針の確認です。

 

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ぜいたくの意味論

私も人間なので、欲望というものがあります。
よりおいしいものが食べたい、より広い家に住みたい、よりたくさん本が読みたい、よりのんびり生きていきたい。…まあつまるところ、より良い生を送りたくて仕方がないわけです。
特に今現在のようにブラック的労働環境(本物のブラックではない)に放り込まれていると、精神的な貧困感がすごいヤバいです。何をしていても満たされないような感覚が常にあって、必死になって何かに取り組もうとしても全然捗らないし何をしているのかもよくわからない。
そういう時にぼんやりとネットを見ていると、色々なものが目に付きます。そこから考える事です。
 

プロセス価値と結果価値

ブログ記事にアフィぐらい貼ったって今時怒られたりしないよとの事で、アフィを貼って書籍ほんの少しだけ紹介しながら自分の考え方を述べるという事をやってみようと思います。あまり書籍の宣伝ばっかしても面白くないので、宣伝とか書評をメインに据える記事は別の記事に分けます。

お金2.0 新しい経済のルールと生き方 (NewsPicks Book)

この本を読み始める直前ぐらいから考え始め、読んで以降私の頭の中で一つの形になった考え方についてです。ずっと考えていましたがそろそろ言語に著してみようと思います。

「お金」とはそれ単独で価値のあるものではないのに、どうして皆お金にバカみたいに執着するのか?お財布の中に百万ぐらい入ってれば天国に行けるのか?
そうではないでしょう。幸福になりたければお財布の中の百万円で美味しい物を食べたり、欲しい物を買ったり、高級風俗に行って綺麗な女の子とイチャイチャしたりしなければならないのです。お財布の中に一万円札という「ただの紙」が百枚も入っていた所で、そんなもんはそれ単独ではトイレットペーパーぐらいにしか使えないのです。

ここではそんな「プロセス価値」と「結果価値」の混乱についてです。

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